【練習16】内容理解(中文)

【問題1】次の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを一つ選びなさい。

「我を忘れる」という表現がある。自分のことを忘れる、というのだから変な感じがするが、考えてみるとなかなかうまい表現だと思う。映画などを見ていると、知らぬ間に主人公に同一化してしまって、主人公が苦境に立つと、こちらも胸が苦しくなったり、知らぬ間に手を握りしめていて、汗ばんできたりする。①それは別に映画の話であって、自分はいすに座ってそれを見ているのだから、何のことのはない、と言えばそれまでだが、そんな観客としての自分のことは忘れてしまっているのだ。

 子どもの劇場の仕事をしている人たちと雑談していると、面白いことを聞かせていただいた。最近の子どもたちは、劇を見ていても、それに入り込まずに、なんのかんのと言って、やじ(注1)で劇の流れを止めようとする。ピストルを見ると、「あんなのおもちゃだ」と言う。人が死んでも「死ぬまねしているだけ」と叫ぶ。悲しい場面のときに、妙な冗談を言って笑わせる。要するに、「クライマックスに達してゆくのを、何とかして妨害しようとしている」としか思えない。こうなると劇をする人も非常に演じにくいのは当然である。」

 主催者の人たちがもっと驚き悲しくなるのは、そのような子どもたちがやじで騒いで喜んでいでいた後で、その子の親たちが、「今日は子どもたちがよくノッていましたね」と喜んでいるのを知ったときであった。この親は「ノル」ということをどう考えているのだろう。子どもたちは騒いで楽しんでいるかのように見える。しかし、実のところは劇の展開に「ノル」のに必死で抵抗しているのだ。「我を忘れる」のが怖いのだ。

(河合隼雄『しあわせ眼鏡』海鳴社)

(注1)やじ:話を聞いたり劇を見たりしながら、大きな声でからかったりして騒ぐこと」

【問1】 ①それは何を指しているか。

1.主人公が苦境に立っている状況
2.映画を見ている状況
3.胸が苦しくなったり、汗ばんできたりすること
4.主人公に同一化すること

【問2】 子どもの親たちと筆者とでは、ノルという言葉を違った意味で使っている。それぞれ、どういう意味だと思っているか。

1.子どもの親は「騒いで楽しむ」、筆者は「芝居や映画の世界に入り込んで、我を忘れる」という意味だと思っている。
2.子どもの親は「芝居や映画の世界に入り込んで、我を忘れる」、筆者は「騒いで楽しむ」という意味だと思っている。
3.子どもの親は「我を忘れる」、筆者は「クライマックスに達するのを妨害する」という意味だと思っている。
4.子どもの親は「クライマックスに達するのを妨害する」、筆者は「我を忘れる」という意味だと 思っている。

【問3】 この文章の内容として最も適切なものはだれか。

1.最近の子どもたちはすぐ「ノル」ので、劇をする人は演じやすい。親もそのことを喜んでいる。
2.最近の子どもたちはやじで騒ぐので、劇をする人は演じにくくて困る。しかし、子どもが楽しんでいるのだから、親と同様に演じる側も喜ぶべきである。
3.最近の子どもたちは、映画や芝居の世界に入り込んで「我を忘れる」、ということが少ない。親もそのことに気づいている。
4.最近の子どもたちは、映画や芝居の世界に入り込んで「我を忘れる」、ということが少ない。しかし、親はそのことに気づいていない。

 

 

 

 

 

【答え】

【問1】
1.主人公が苦境に立っている状況

【問2】
1.子どもの親は「騒いで楽しむ」、筆者は「芝居や映画の世界に入り込んで、我を忘れる」という意味だと思っている。

【問3】
4.最近の子どもたちは、映画や芝居の世界に入り込んで「我を忘れる」、ということが少ない。しかし、親はそのことに気づいていない。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *